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神様と俺シリーズ

日替わりお題「ミルク色」「スーパー」


 たんっと、軽やかな音を立てて床で跳ねた小さなボールが俺の顔面めがけて飛んでくる。俺はそれを右手で難なくキャッチした。
「おいこら。部屋ん中で、スーパーボールで遊ぶなって言ったろ」
「外で投げて、そのまま無くしてしまったらどうするのです! そんなことよりもわたくしのスーパーボールを早く渡しなさい!」
「次に言うこと聞かないなら没収だからな」
「外で遊べばいいのでしょう。わかりましたわよ」
 スーパーボールを取り返し、ご機嫌で外にご機嫌で駆けていく美少女は、じつかはあの有名な稲荷神なのだが、おもちゃではしゃぐ姿は人間の子供にしか見えない。
「お待ちください、稲荷神様。外は危険です。わたくしも参ります!」
 バタバタと慌てて稲荷神の後を追う白髪ロン毛のイケメンも、実は稲荷神に仕えている白狐である。
「おい、小僧ゥ」
「駄目だぞ」
 俺の左腕の皮膚の上でとぐろを巻いていたベビの語りの影が、にゅるりと動き出す。こいつは白狐の影の一部で、白狐と共に稲荷神に仕えている。今は稲荷神の命令で俺の皮膚の上に棲んでいた。
「なんでだァ! 俺も稲荷神様の元へ行くぞゥ! 小僧、俺を連れて行けァ!」
「今から夕飯の支度すんだよ。今夜は稲荷神の好きなオムライスだぞ。オムライスがなかったら稲荷神も悲しむだろうなぁ。いいのか? 俺が作らなくても」
「ぐ……っ。それは仕方ない……」
 無念そうに押し黙ったヘビの影は、また俺の皮膚の上でとぐろを作って丸くなった。
 ――やれやれ。やっと静かになった。
 この隙に俺は風呂と夕飯の支度をしてしまおうか。まずは炊飯器をセットして、風呂を洗う。風呂に湯を溜める間に、オムライスの準備をする。オムライスの材料を切リ終わった頃に、給湯器のメロディーが鳴り響いて、風呂場に行く。稲荷神のお気に入りのいい匂いがする入浴剤を入れて、湯を一混ぜ。入浴剤はミルクの湯。湯が乳白色になったのを確認して保温にセットする。
「よし!」
 これで風呂はいつでも入れる。ちょうどご飯も炊けて天地をひっくり返していたところで、稲荷神と白狐が泥だらけになって帰ってきた。一体どんな遊び方をしたら、そんなに汚れるんだと、呆れる。ところでだ。
「なんでそんなにしょぼくれてんだ?」
 楽しげに出かけて行ったときとは対照的に、稲荷神は下を向いて今にも泣き出しそうだった。そんな稲荷神の側で、白狐はおろおろしている。稲荷神のうるうるの瞳から、ポロリと涙が一粒落ちる。
「スーパーボール無くした……。うぅ……、うわぁああん!」
「ああ、稲荷神様。どうか悲しまれませんよう……!」
 わんわんと泣き出した稲荷神と、益々おろおろし出した白狐。俺はため息を一つく。
「うるさいな。スーパーボールの一つくらい、神の力でパーッと見つけられないのか?」
「馬鹿を言うな。稲荷神様の大き過ぎるお力では、この辺り一帯を豊穣にしたり、逆に干ばつにすることはできても、あんな矮小な物を見つけ出すことは難しいのだ……!」
 そう言えば稲荷神の飼ってた蝶が逃げ出したときも、俺を頼ってきていたなと、思い出す。
「なんとかならんのかァ、小僧ゥ。これでは稲荷神様が、かわいそうではないかァ」
 ヘビの影は、いつでも稲荷神を尊んでいる。俺だって子供に泣かれるのは弱い。
「しょうがねぇな。スーパーボールはまた買ってやるから、先に風呂入ってきな」
 稲荷神の頭をポンポンと叩いてやる。稲荷神はまだぐずぐず泣いていたが、俺が今日はミルク風呂だと伝えたら、嬉しそうに風呂に入りに行った。一人でシャンプーがまだできない稲荷神のために、白狐もついて行った。
「さてと。こっちはオムライスを仕上げるとするか!」
 稲荷神が喜ぶような、とびきり美味しいオムライスを作ってやろうと、俺は思うのだった。

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